脾は元気の源
西洋医学には、脾臓という臓器があります。横隔膜の左端に接している赤褐色の臓器です。リンパ球の産生を行うところでありまた、古くなった赤血球を破壊するところとされます。この左上腹部にある臓器を脾臓と呼ぶようになったのは明治期以降のことで比較的歴史は新しいのです。もともと「脾」という言葉自体元来、秦〜漢時代に著された古典「黄帝内経」の中で使われていた言葉なのです。
「黄帝内経」の「素問」篇の中の六節蔵承論によれば、脾は胃と一体となってはたらき飲食物の消化吸収を司るところとされ、飲食物の中の「水穀の精」即ち「後天の氣」を摂り込むところとされていました。「後天の氣」とは人が生まれて後に飲食物から吸収し人体の経絡中をめぐりだす氣のことです。いわば飲食物の中の物的な部分は「胃」が消化吸収し、氣的な部分は「脾」が消化吸収するというわけです。この場合の「脾」のはたらきを「脾の昇清作用」といいます。古代中国ではすべてのものは物的なものだけでなく氣的なものが含まれていると捉え、より物的はものを「濁」としより気的なものを「清」といいました。それ故飲食物の中の気的部分を吸収する脾のはたらきを「昇清」といいました。
なぜ清の前に“昇”がついているかといいますと脾で摂り込まれた“清”(水穀の清、後天の氣)は昇って肺に入ると考えていたからです。そして肺の作用で全身の経絡へ送られるというわけです。
つまり飲食物の濁(物的部分)の消化吸収と異なり、上腹部から中腹部にかけてのプロセスで消化吸収のできる、できないが決まってしまうのです。だから口での咀嚼といった早い段階でのプロセスも飲食物の清(気的部分)の消化吸収には極めて重要なプロセスとなることがわかります。同じものを同じだけ食べても口の咀嚼状況いかんではそこから摂り込む氣(水穀の精・後天の氣)の量や質が大きく左右されることになるわけです。
脾は元気の源でありこれをうまく活かす道は、先ず何よりよく咀嚼することにあるのです。
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